全裸監督と私。

皆さんは、全裸監督を観ましたか?

ネトフリよりもワッチャプレイに先に加入していたので
ネトフリには手を出さずにいました。

(それじゃなくてもサブスクブームのおかげで
毎月の出費がかさんでたまらないので……)

そんなある日、私の相方がアトリエの仲間とファミリー加入
みたいなのをしたらしく、

アカウントをシェアしてるから観れるよー!と
意気揚々に帰宅してきたので、

せっかくのネトフリだからオリジナル作品を観よう!
ということになり、

「全裸監督」をチョイスしました。

韓国語タイトルは「살색의 감독 무라니시」
訳すと “肌色の監督・村西” となります。

素晴らしい翻訳センスです。

さて、感想はというと、
エロいです。

視覚的な演出も一役買っていますが、

何よりも精神的なエロスを求める人には
たまらないんじゃないかと思いました。

村西監督の作品は、私は観たことがありません。

少し前にアウトデラックスに出ていたのと、
昔好きで観ていた関西系列の対談番組(タイトル忘れました)で

“人生はグラデーションだ” と仰っていたのが
印象に残っている程度です。

映画の感想を書きたいわけではなくて、
“相対的な反動” について少し思うところがあったので
まとめておきたくなってペン(Apple製)をとりました。

この監督、前述したとおり、
本作品の中でもふだんのメディア露出の際にも

グラデーションや、ギャップといった、
“相対性”に関する考えをとても大切にされているようで

自分が一番魅力的だと感じる女性についても
「グラデーションの対比が強いほどいい」といったような
お話をされていました。

(台詞は曖昧で、解釈も私個人の解釈です。スミマセン)

※ ここから少しネタバレがあります。

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作品の中で、村西監督自身の離婚のきっかけとなる
前妻の浮気を目撃してしまうシーンがあります。

それ以外にも、監督自身、
セックスに対してコンプレックスやトラウマがあったことが
うかがえるシーンがいくつか出てきます。

30代になり、私に比較的大きな心境の変化を与えた発見が
ひとつありました。

それは「怒りや哀れみ」のような一見マイナス要素になり得る
感情が、想像以上のエネルギーを生むということです。

誰にでも大なり小なりあると思いますが、
私は、両親への怒りや後悔の念が強い方でした。

それが20代後半になり、自分の生活がようやく安定すると
同時に「両親の立場を理解する」ようになりました。

すると不思議なことに、
必死で働き、頭を悩ませ、より良い生活を目指していた
熱が少しずつ消えていってしまったんです。

あれ、おかしいな。と思いながらも、
確実に以前とは違う、「頑張れない自分」がいる。

空気が抜けてしぼれた風船のように、
1年ちょっとを過ごしました。

そんな時、ふとしたことをきっかけに父親と
「生まれて初めて」ケンカをすることがありました。

おぉ、私お父さんとケンカしちゃったよ。
やるじゃん私。みたいな、多少変態的な興奮と共に、

父親が初めて見せた人間的な面に対する違和感が
心の底から溢れてくるのを感じました。

あ、私のお父さんって、こんな人だったんだ。

今まで散々、周りの人達が言っていたことの意味が
初めてわかった瞬間でした。

言うならば、
その違和感は「怒りや哀れみ」に似たものです。

それが後に、私が本格的にフリーランスに転身する
エネルギーとなりました。

不思議なものです。

今まで妄想でしかなかった東京でのセミナーは、
その当時の怒りエネルギーで一気に仕上げたカリキュラムで、

今でも改良を重ねながらオンラインレッスンで
活躍してくれています。

話が大きく逸れてしまいましたが、

村西監督にも、もし仮に「性に対するコンプレックス」や
何らかのマイナス要素(俗に言う)があるとして、

それがあるからこそ、
その分野に対して冷徹になれるメリットが生まれ、
大きな大きな起爆剤になり、

誰にも真似できない結果を
生み出すことができるとするなら、

私にとってのコンプレックスを知ることで、
進むべき道が見えてくるんじゃないか?とふと思ったんです。

私は9歳の頃、突然最愛の姉と離れて暮らさなければ
いけなくなりました。

その理由は、姉の名門スポーツ校への進学。

いろいろな事情が重なり、私自身も16歳で地元を離れて
長いことスポーツ選手をしていました。

私の幼少期は、スポ根と、
それにより抑え込まれた純粋な欲求が全てでした。

かわいそうに。

そういうわけで、私には「平穏な家庭」と「学歴」に対する
コンプレックスがあります。

親や環境のせいにするなと思う人もいるかも知れませんが、
幸い私は、高校を卒業して東京に出てきた後に、

私が憧れを持つ「ちゃんとした大人」たちが
何度も手を差し伸べてくれたおかげで今の私にたどり着くことが
できました。

その当時手を差し伸べてくれた大人たちは、

「自分の生き様で見本を見せ、
自分ができるアドバイスの全てと、チャンスと方法を与えて、
絶対的な信頼を表した上で」

自分の人生に責任を持てと言います。

同じ言葉を発しても、天と地の差があるのです。

話は戻って、

平穏な家庭というのは、死ぬまで結果がわからないので
今の私にはまだコメントができませんが、

学歴に対するコンプレックスが
今の私の進むべき道を示していることは明確でした。

韓国語で「학구열(学究熱)」という言葉があります。

意味は言葉の通りですが、
私の学習に対する熱は、多分コンプレックスから
きているのだと思います。

劣っているから頑張りたいというような感情ではなく、

言葉の通り、消耗し切れてない学究に対する熱が、
それを消費するたびに得体の知れない喜悦をもたらしているような
感覚です。

仕事っていうのは、
こうゆうエネルギーに動かされるようにやれるものを
選ぶべきだと、私は思うのです。

皆さんの仕事に対する熱は、
どうでしょうか?

事件(きっかけ)さえ起きてしまえば、
とても単純で、操作しやすいプロセスだと思います。

この冷徹さが、人が近づきにくい理由だということは、
自分でもわかっています。

でも変な正義感もあり、
自分をさらけ出してでも、誰かに何かのヒントを与えたいとは
思うわけです。

愛されるツンデレになりたい、今日この頃です。

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